趣味・習い事関連の修了証も、すっきり手放してみる。

趣味関連などの民間資格を取ったときに発行される認定証や、習い事や講座をひと通り終えたあとにもらう修了証など。何かしら持っている人は多いのではないでしょうか。

私も気づかぬうちに色々増えていました。先日、久しぶりに見返してみたら意外と処分することができたので、今回はそのことについてです。

必要、大事と思っていたものも、時間が経てば変化して手放せることもある。

数年前に片づけをしたときもこれらのチェックはしていて、そのときは当然のように、「全てとっておくべきもの」として仕分けていました。

それから時間も経ち。昨年久しぶりに、これら(認定証、修了証)をひとまとめにした束をファイルボックスから取り出し、再び簡単にチェック。少しだけ処分し、あとはまたそのままファイルボックスへ戻しました。

 

そして先日。諸々の書類・紙類の定期チェックで、いくつかの処分をしたあと、なんとなく気になってついでに認定証・修了証の束も取り出してみました。

今回は、ざっとではなくひとつひとつすべて封筒から取り出し、中身を確認。そのとき思ったのは、今までとまるで違うことでした。「どうして今までこれらをずっと持っていたのだろう。なぜもっと前に捨てなかったのだろう。この中で、本当に必要なもの、持っていたいものはどれなのか。」

 

こうしたものは、なぜかほぼ自動的に持っておくべきものと思っていたところがあるようで、自分でも少し意外でしたが。こんな感情を抱いたことで、改めて今の自分にとって必要なものや大事なものが変化していることに気づき、色々と考え直すきっかけにもなりました。

なぜ以前は捨てられなかったのか。

・特別な資格ではなく趣味的なものであっても、認定証や修了証の類は保管しておくべきものという感覚だった。

・よく考えてみたら、各証書の入った封筒の中をちらりとチェックしただけで、ひとつひとつ取り出して吟味していなかった。

・きちんと管理せずあちこちばらばらに置いていた修了証などを、片づけに取り組み始めてから、1ヵ所にまとめて収納できたことで満足してしまった。

・昨年再チェックしたときは、少し進歩していくつか処分できた。けれど、過去に何かを学んだという事実を忘れてしまいそうで少し残念な気分になったり。今よりもっと歳を取って記憶力が薄れたときに、色々思い出せるきっかけになるのかもしれないといったことも考えたり。そんなかんじで思い切った処分には至らず。

どうして今回は大幅に捨てられたのか。

・今回改めて認定証や修了証を取り出し、ひとつひとつ中身を見てみると。あまりにも昔のもので持っていても意味がなさそうだったり、その講座を受講したことも忘れかけていたり、証書は持っていてもテキストや関連書類はすでに処分済みだったり、かつての趣味も今は興味の対象ではなくなっていたり・・、ということを確認できた。

・以前に比べ今の方がやりたいことや大事なことがはっきりしてきたり、気持ちの迷いが減っているので、それ以外の部分が手放しやすくなってきた。気が散りにくくなるのも片づけの効用だと。

(以前は、散漫でどっちつかずな気分のことも多く、何かひとつのことばかりに集中するのがよくないことのように感じて、ブレーキをかけているところもあったと思う)

・これまで習ったり学んだことでも、忘れてしまったことの方が圧倒的に多いので。現在も興味があったり、今後も機会があれば学んでみたいと思えるものを大事に考えることにした。

(昔の趣味への興味が復活すれば、またそのとき学び直せばok)

・片づけは、自分で悩みを解決するためのトレーニングにもなる。

 

・・・

こんなふうに考えや気持ちの変化があって、十数枚あった証書の類はあれこれ処分し、最終的に3つほどに絞ることができました。

過去の何かを忘れてしまうのをさみしく思う気持ちはなくなり。手放したことで、今とこれから先に学んだり知ることのできる新しいスペース(脳と心の)ができたような気分で、とてもすっきりしました。

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本当に些細なことでも、人は日々変化してゆくものなので。やはり同じ物に対しても、定期的な見直しや処分は必要。

 

(ちなみに。今回残した中で、「許状」と書かれた古びたものがあります。学生の頃にお茶(茶道)を少し習ったときのもので、一般的な修了証の意味ではなく、文字通り学ぶことを許可することをいうのだそう。今ではすっかり作法も忘れていますが・・。

ずっと持っていたお稽古セットも古くなり一昨年くらいに処分しましたが、簡易な抹茶碗と茶筅(ちゃせん)はまだあるので、気が向くとたまにしゃかしゃかと自己流でお茶をたてて楽しんだりします。一緒に和菓子が食べたいだけかもしれません。

正座が苦手なので、本来は自分に向かない習い事だと感じつつも。立礼(りゅうれい)という椅子に腰かけて行う作法・形式にも少し興味があり、いつかまた習ってみたいなと)

 

これまでの趣味を思い浮かべても、色々と物や道具が必要な習い事がほとんど。これからは、物や道具があまり増えない趣味にも目を向けたり、それらを試してみたり。そんなことを繰り返しながら、懲りずに新たな楽しみも見つけていきたいと思います。

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