探しものをしない1日が増えていくことの意味。

「今日も探しものをすることがなかった」という状況が、いかに平和なことか。

片づけをして物が減り、管理がしやすくなれば、あれがないこれが見つからないと、日々何かしら物を探すことが減るというのは、様々な片づけ本でも言われています。もし現状がまだ片づいた状態でなかったとしても、理論的にも理解できます。

 

ただ、「探しものをしない、探しものが少ない」ことの素敵さや快適さは、やはり一度それなりに物を減らしてみないと実感できないものだと、最近よく思うようになりました。

そして、そのことがどれほど暮らしを穏やかで過ごしやすいものにするかも、とある体験から知ることに。

物を探している間に失っている時間と心。

顔を合わせるたびに、親が何かしらの探しものをしている・・。

それは年々感じるようになってはいましたが、年を重ね高齢になれば誰でも多かれ少なかれそういうことはあるものだと思います。(今はそれほどでなくても、もし長生きすれば自身のことだってわからないもの)

昨年末あたりから、幾度となく親の失くし物・探し物の捜索に駆り出され、数時間~半日くらいかかったことも。(いずれも家の中でのことで見つかりはしましたが、本当に疲弊しました)

 

そんなこともあり、改めて「探しものをする」ということにつて考えさせられる機会が増えてきたように思います。

 

・物が少なければ、自分の持ち物管理もしやすくなるから、探しものをすることも減る。

そのことは再三親にも伝えてみたりこれまでも試行錯誤はしてきましたが、当人たちが根本的に変えたいと思っていないので、今後も改善は難しそうです。

(こうした親の状況を冷静に受け止める、不毛でも年に何度か片づけを手伝う。そんなふうにある程度割り切って、今の私にできることを今後も続けていければと)

年々探しものが少なくなる暮らし方を目指してみる。

家の中でちょっと探しものをする、置いてあった場所を忘れる。それは誰もが覚えのありそうなことで、これまで特別深く考えたり強く意識を向けることもありませんでした。

けれど先のような経験の中で、探しものをしている時間は何も生み出さないこと、時には関係のない人まで不穏な空気に巻き込むこと、度重なれば疲労の度合いも増すことなど。残念ながらプラスな要素がないことを、意識しないわけにはいきませんでした。

いつも何か探しものをしているというのは、なんて大変なことなのだろうと。

 

・・・

この何年かで自身の持ち物を見直し、片づけ、捨てる・減らす、という作業を繰り返してきたおかげで、今は持ち物も概ね把握できるようになり、気づけば自然と探しものをすることも減っていました。

(一部書類や文具類など、細かくは覚えていなくても。もし何か必要が出てくれば、あの3つの収納boxの中のいずれかにある、あるいは、確か以前捨てたから新たに買わないとないはず、というふうに思い出すことができます)

 

それは、物を仕分けていく段階で、何度となくひとつひとつの物に向き合い、捨てる、残す、迷う、葛藤する、ということをたくさん経験したおかげです。すっかり忘れ去っていた自身の持ち物を再び掘り起こして思い出すことになり、減らすことで把握・管理もできるように。今では随分楽になりました。

 

(最近読んでいる 『1週間でごっそり捨てる技術』 より)

・まずモノを捨てなければ、すべてはうまくいかないのだ。なぜなら、古いモノと離れて初めて、新しいモノを入れるスペースができるからである。一度モノを処分してみると、本当にほっとした幸せな感情が味わえる。自分の生活をきちんとコントロールしているというこの感じ、場所も時間も増え、探しものも少なくなったという感じは、とても言葉では言い表せないほど快適だ。

・毎日五分間探しものをしているとすれば、一年間では一八二五分、つまり三〇時間以上に相当する。(中略)もしあなたが今、モノ探しに嫌気がさしているなら、すべてのモノに定位置を決めてやることである。

 

ただ物を捨てることだけを考えると、時には辛さや息苦しさを伴うこともある片づけにおいても。「年を追うごとに、探しものを減らす・少なくする生活スタイル」をつくってみようと考えると、また違った視点に立てたり、心境の変化も見えてくるかもしれませんね。

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・「いつもよい選択をしている」という意識で片づけをすること。

 

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物を減らしてすっきりした空間にする、いつでも来客に慌てないきれいな部屋にする、精神的な落ち着きを取り戻すために色々処分するなど、片づける目的は人それぞれ。

「探しものが少ない」というのは、単に片づけ云々の話だけではなく。できるだけ快適に過ごせる習慣や思考を身に付けるという、自分も周囲の人も大切にする人生や生活スタイルにつながっていくことなのだと感じます。

 

以前は探しものなど日常的なことで、深く気に留めたこともなかったけれど。目的の物を取り出すまでに、しまいっぱなしのダンボール箱を何箱も開け閉めするなんてことを、たびたびやっていたかつてを思い出すと。

単純に考えても、探しものが少ない(ほぼ探しものをしなくて済む)というのはなんて楽で心地よいことか。

 

「探しものをしない1日」をたくさん重ねていけるような暮らし方を、これからもつくっていけたらいいなと思います。

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