一般的な縁起や概念を気にせず、自分の心地よさを優先したらどうなるか。

固定概念を解きほぐして、臆せず自分の心地よさを選択できるように、意識して練習していく。

家の中や心の中のすっきりは、いつも目指しています。それに加え、今年は特に、上記のこともテーマの一つとして過ごしてみようと考えています。

自身の感覚や心地よさを優先することで、生活の中にどんな影響が出てくるのか(よいこともそうでないことも含め)。この一年を、実験観察するような気持ちで試していこうかと。

人や情報に振り回されないようにするために。

人や物事、情報に振り回されないようにするために、自分の意思を持って何かを選択していくことは、それなりにエネルギーが必要です。しかも、かなり毎日意識していないと、自分の意思すら曖昧になって、どんどん流されてしまうことに。

これは、片づけに向き合うようになってから、より強く感じるようになりました。

振り回されないためには、一時的な気づきではなく、毎日毎日意識して、練習するような気持ちで何かを選択していくことが必要です。

 

世の中でよいと言われている事柄が、すべて自分の好みや心地よさにつながるとは限りません。

例えば、わかりやすいところで言うと。風習、占い、風水、開運、縁起、ゲン担ぎ、、等々の様々な情報。

(もちろん伝統や習わしと呼ばれるものをないがしろにする、ということではなく)

ごく個人的かつ選択が可能な範囲の嗜好においては、自分の好みや気分がよいと感じるものを優先するのは、けしてわるいことではない(むしろよい)のではと感じています。

余計な気持ちの負担や違和感を持たず、内面を整え、すっきりとした自分を保ちやすくするためにも。

簡単なことから、心地よさを選択する練習を。

新しい年になってしばらくは、運気や縁起などに関する情報を普段以上に目にする機会が増えます。

単純によい部分だけを抽出し、楽しめるなら何の問題もないけれど。色々な情報を見聞きしているうちに、なんだか振り回されているような感覚になることも。

それで、何かが引っ掛かったり、気持ちがざわざわしたり、妙なことに固執し始めてかえって疲れてしまった、なんて経験はないでしょうか。

(私は唐突にそんな傾向になってしまうことが、たまにあります。普段は特に気に留めていなかったようなことでも)

 

・・・

これまでにも、拮抗するような情報はいくつか記憶にあったり、またそれらが必ずしも本人の趣向と合うものではない場合も。

 

◇例えば、こんな相反する内容を聞いたとしたら、黄色や長財布が好きな人は少し戸惑ってしまうかもしれません。

・黄色の財布は金運がよくなる。⇔ お金持ちはあまり黄色の財布を持っていない。

・仕事ができる稼ぐ人は長財布を使っている。⇔ 本当のセレブには、意外と簡易な二つ折り財布を好む人もいる。

 

◇また、好みと違うものをすすめられたとしたら、あまり心地よくないので、やはり人のテンションは下がってしまうもの。

・〇〇がパワースポットとしてよいと人にすすめられる。(→実はなぜかその場所に気持ちが向かない)

・あなたのラッキーフードは豆類とドライフルーツと雑誌に書いてある。(→食べられないことはないが、どちらも苦手)

 

このような例はごく単純で、回避もできることなので、そこまで悩むこともないかもしれません。

けれど、もっと日常の場面に広げて考えてみると、人や情報に左右されて、無意識に影響を受けていることは多く。本心ではない(心地よくない)物や事柄を選択していることも。

もし、そうした場面にあっても、「自身の心地よさを優先して、迷わず選ぶ」という意思を、毎回きちんと持つようにすること。その積み重ねが、日々振り回されない練習になっていくのだと思います。

 

◇例えばこんなかんじに。

・赤色の財布は散財しやすいと聞くので、買うのを躊躇する→けれど、赤色が好きでとても気に入ったデザインのものを見つけた→幸せな気持ちにさせてくれるアイテム→だから、自分の心地よさを優先しこれを選択する。

こうした一連の流れを意識し、自分の意思をきちんと持つ、という練習。

 

色々な情報に振り回されやすく、それが気持ちの負担になっている場合には。こんなふうに、ごく簡単でハードルの低そうなことから、練習を始めてみて。あとは日常の様々な場面で応用させ、練習を積み重ねていくイメージです。

よいこともよくないことも、自分の中のデータになる。

私自身の例で言うと。実は、革製品がそれほど好きではなかったらしいと、片づけに向き合う中で気づきました。

一般的に考えて、見た目にも品質的にもよい革製品は長持ちし、月日を重ねた風合いも味となっていきます。あとは運気や縁起的にもよいとされていたり。

 

私も、ベルトや小物類、バッグ等、革製品はこれまでに色々買いました。けれど、片づけで仕分けをしていくと、革製品は残したい物の中には、ほとんどなくなっていたことに気づき。

Sponsored Link

誰しも好みの変化はあるものですが、色々考えてもなぜそれらを買ったのかうまく思い出せず。どちらかと言うと、本革はよいものである、きちんとしている、長持ちするという一般的な概念でただ購入していたのだと思います。

つまり、自分の好みではなく、情報や思い込みでそれらを選択していたことに。

 

本来なら、年とともに深みを増していく革製品は素敵なもののはず。それなのに、なぜか逆行するように、その重さや見た目は自身の心地よさにはつながらず。合皮革やナイロン製品でも、それなりにきちんと感もありつつ、軽くて機能的な物を好むようになってきました。(TPOはありますが、普段使いとしてはそのほうが快適)

 

一般的によいとされているもの、縁起がよいといわれるものなどを、あえて気にせず。自分の心地よいものを選択した、その結果の出来事は、よくもわるくも自分の経験データとして。今後に活かせばそれでよいのだと思います。

(モノでもコトでも。選択してよかった、間違っていなかったということもあれば、失敗したり後悔することもあると思うので)

 

長年、それほど好きだったわけではない物をなんとなく選択してきたことを思うと、それなりにへこみましたが。遅くても、気づけただけよかったので、これからのよい選択につなげていきます。

 

***

今後も、一般的によいと言われていることや固定概念は、一旦脇に置いて。パーソナルで選択できる範囲のことは、自身の心地よさを優先した選択を意識していこうと。

 

すっきりと生きやすくするために。
人や物事、情報に振り回されないための、日々の練習。

これを毎日繰り返し、積み重ねていったらどうなるのか。
実験するような気持ちで、楽しみながら取り組んでみることにします。

 

私のように若干流されやすい場合でも。些細なことから、毎日意識を持つようにすれば、一年後には今よりずっと縛られない・振り回されない、快適な選択ができるようになっているはず、と期待しています。

関連記事

片づけは、自分で悩みを解決するためのトレーニングにもなる。

片づけ依存症というものがあるらしいので考えてみた。

収納や部屋のレイアウトを、頻繁に変え始めた理由。

無印のEVAケースで、小物の仕分けもすっきり。

「誰かの素敵」を、自分の暮らしに持ち込もうとして学んだこと。

夏も長袖生活、を試してみた今年の夏。