覚悟があればきっと片づく。片づけの最中に起きたメンタルの変遷。

いくつか片づけ関連の本を読み、特に影響されたこんまり(近藤麻理恵)さんの本をメインに据えながら片づけをスタートしました。

 

様々な片づけの本に書かれていた良い面にばかり気持ちが向いていたからでしょうか、なんだか楽しくていいことしかないと思っていた片づけでしたが。そこには、思わぬ感情の落とし穴がありました。その変遷を振り返ってみます。(集中して片づけていた時期、ゆるく片づけとかかわっていた時期を含め、約3年近くが経過)

片づけの初期~後期。

ひとことに片づけと言っても、作業そのものの労力・精神面での折り合いなど、それぞれに楽しさや大変さがありました。今思い返してみると、大きく分けてこんな流れだったと思います。

 

片づけ初期。

(初期:物を捨てること、減らすこと、片づけの楽しさだけしか知らずわくわくしていた時期)

残す物を選び、捨てる、減らす、という作業が、とにかく面白くて楽しかったのが、片づけの初期です。

 

今、新たに片づけをしようとしても、あの時の高揚感やわくわく感と同じものを味わうことはできないのかもしれません。とにかく楽しい、うきうきする、何かいいこと楽しいことが起きるのかもという期待感。片づけに楽しさしか感じていなかった(その後感じる捨てることの辛さなんて思いつきもしない)、ある意味とても幸せな片づけ期間だったと思います。

 

片づけ中期。

(中期:とにかく片づけること捨てることに疲れて、精神的に苦しく辛かった時期)

片づけを進めるうちに、思いもしなかった感情が押し寄せてきました。

 

なぜこんなに物がたくさんあって、今まで平気だったのか。どうして疑問に思わなかったのか。なぜ欲しくもないものをたくさん買ってきたのか。

自分の行動に疑問を投げかけることをしてこなかったこと。まるで自分を客観視できずに物を買い続けていたこと。物を買うため・所有し続けるために使ってきた多くの費用・時間・労力を、もう取り戻すことのできない虚しさや後悔。

本当はそれほど欲しくもない物を買ってため込んで、これまでの人生でいったい何をしたかったのだろう。何も頭を使ってこなかった自分を責め続ける辛さ。それなのに捨て続けないと現状は変わらないこと。捨てることも買うことも両方怖くなってしまったこと。

 

・・等々。まるで自分には関係ないと思っていた様々な感情が、片づけに踏み込むたびに、じわりじわりと、やがて一気に押し寄せてきました。

ただ住まいを片づけてきれいに快適にしたい、そんなささやかな願望が思い出せなくなるくらい、精神的に追い込まれるような感覚に。

片づけの出口が見えない、何も作業をしたくない。この気持ちがピークに達した時に、少し片づけから離れ作業を休むことを決めました。

 

気持ち的には一番辛く大変な時期でしたが、今後の指針となるような、とても印象に残る大切な時間になったと思います。

 

片づけ後期。

(後期:片づけの目的と、望む暮らし方・精神の状態を再確認。片づけを再開し前進できるようになった時期)

 

とても片づけを続けることができなくなり、作業は一時的に休止しつつも。それでも心の中では向き合って、何度も自分に同じ質問をしていました。

「本当に片づけたいと望んでいるのか、どうして片づけたいのか」

 

やはり、今のままの物の多さも、部屋の状態も自分の精神状態も好きではないし、不要な物は手放したい。このまま作業を放置したところで目の前の景色は変わらないし、精神的にも解放されない。心身ともにすっきりと晴ればれしたい。

 

そんな気持ちが確認できて、また片づけを再開し、前に進むことができました。この頃には、片づけの初期に抱いていた、子供の遠足のようなわくわく感はすっかりなりを潜めてしまったけれど。ふわふわした感じではなく地に足が着いたというか。より真摯に片づけに向き合えるようになって、絶対に気が済むところまで片づけよう、という覚悟のようなものができあがっていました。

片づけ方は個人にとってよい部分を抽出し、各々に合ったペースで。

終始一貫して楽しいまま片づけを終える人も多いかもしれませんが、私の場合は、楽しさも苦しさも安堵も含め、こんなふうに様々な感情の起伏がありました。(何も走っていないのに、メンタルだけマラソン大会をしていたような感覚)

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これから片づけを始めようと思っている、片づけに疲れている、挫折ぎみで落ち込んでいる方、、色々だと思います。似たような状況はあっても、世の中にまったく同じ状態・感情で向き合える片づけは、ひとつもないのだろうなと思います。

(快適と思える物の量も人それぞれなので。その増減は、各々が使いやすい生活しやすいと思えるベターやベストを探り、見つけていくことが大切なのかなと。それ自体が、片づけの面白さや奥深さにつながっていそう)

 

行き詰った時には無理せず小休止して。 なぜ片づけたいのか、どんな部屋にいたら心が安らぐのか、片づけた先にイメージする暮らしはどのようなものか、そんなことを思いめぐらせてみる時間を持つのもよいかもしれませんね。

 

(私と同じように、片づけって楽しいだけじゃなかったの? と悩み始めて、頓挫している方もわりと多いのかもしれないと思い。片づけ途中、一時期ボロボロだったメンタル変遷も含めて書いてみました)

 

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3年前に比べたら、今は格段に物が減り身のまわりもすっきりしてきました。その時々で考え方や行動も変化していくと思いますが、持ち物の量が概ね把握できる今のサイズを心地よく感じています。

 

私も本やメディアの影響で片づけを始めたひとりですが、あまり流され過ぎず(様々な片づけ方法を知るのはとても有効)、自分のペースで向き合って少しずつ手を動かしていけば、多少時間がかかっても、きっと心も体も休まる状態に辿り着けるのではと思うのです。

 

ある程度物を減らした後の快適さやコンパクトな暮らしは、どんなふうになったらもっと面白いのかなと。最近はそんなことを思いながら、日々の工夫や小さな変化を楽しんでいます。

 

ひとりひとりが自分に合った、心が軽くなる片づけを見つけられますように。

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