「いつもよい選択をしている」という意識で片づけをすること。

自身の選択はこれでよかった、合っていた、と意識的に思ってみることは、片づけを進めやすくする気がします。

 

後悔したり、もしあちらを選択していたら今どうなっていたか、そんなことをふと考えたりすることは、多かれ少なかれ誰にでもあることかもしれません。

色々なことを同時進行できるような内容もあるかもしれませんが、多くの場合、何かひとつを選択しなければいけないものです。

 

単純な例で言うと、A大学とB大学、両方に受かって、色々考えた末A大学に行くことにした、というようなこと。

数年後に、もしB大学に行っていたら今頃どうなっていたのかと考えたところで、絶対にその検証はできないし、どちらがよかったかなんて当然ながら確認のしようもないわけで。

進学、就職、結婚、出産、離婚等、人生の大きな節目に限らず。人は日常の些細な選択でも、こちらでなくあちらを選んでいたらどうなっていたか、なんてことをふと考えてしまうものです。

自分の背中は自分で押す。

物理的に自身の背中を直接押すことはできませんが、気持ちの上では(人に押してもらうのではなく)自分の背中は自分で押せる、という意識を持ってみると、ちょっとだけ元気や勇気が湧いてくる気がします。

 

何かの選択や決断をするときは、(誰かの助言・サポートも時には必要だけれど)できれば自身で、これで行く、こちらを選択する、という意識をきちんと持っていると、その後の自身のメンタルも強く保つことにつながるのでは。

(人に促されたから仕方なくという、責任転嫁のようなことも起こらないので)

いつも自分にとってよい選択をしていると意識する。

片づけをしていると、様々な段階で、捨てることにもとっておくことにも、もやもやしたり疲れを感じたりということは起こるかもしれません。

けれど、やはり自身にとってどちらが後悔しない気分のよい選択になるかは、当人にしか判断できないもので、他人が責任を取ることもできないもの。

 

例えば。できるだけ物を手放して部屋をすっきりさせたいのか、ひとまず倉庫を借りてでも何も捨てたくないのか。

そして、どちらを選択しても、今の自分にとってはそれが一番よい選択だと思いながら、選択と実行を繰り返していくこと。

それが、徐々にでも自身への信頼につながっていくのだと感じます。

 

選ばなかった方の選択肢の後々のことは、誰にも確認できないのだから。何を選んでも、自身を尊重して選択したことだと考えると、今回もよい選択ができたという前向きな気持ちを保てるのでは。

少し後になって、自身の選択に疑問を感じたり、不安に思うことがあれば、きっとそこが学びどころというか。

足りなかった部分を補えるような知識や知恵をつけて、今後の選択に活かしていけばよいだけで。

自意識で悪い方へ考えてしまうことがあっても。客観的に見てみれば、マイナスな要素も特になく、ただ「学んだ。改善できた。」というふうに、自分の幅が広がったと捉えることもできます。

迷いも後悔も、人生のプロセスの一部。

選択に迷うことも後悔することも、大げさに考えすぎず。人生でも片づけにおいても、それは単純にプロセスのひとつです。

本当は納得していないのに無理によい選択ができたと思う必要もなく。やはりちょっと違ったとか失敗したなと思うことがあっても、素直に受け止めて次回の改善につながれば充分。

 

10回の選択・決断のうち、2回はよい選択ができたと思うことが、いずれ3回、4回と増えていくことが大事なのだと。

数年前に比べて、片づけに対する迷いが格段に減った今は、自身にとって心地よい選択や決断ができるようになってきているのかなと、ささやかな進歩を喜んでいます。

捨てること、捨てないこと。その先を想像して今を選択する。

何年かかけて、自身にとっての物の適正量・快適量に整ってきたと思いつつも、また違った視点を求めて、最近こちらの本を購入してみました。

『1週間でごっそり捨てる技術』

 

まだ読んでいる途中ですが、その中で特に感じたことは。
・とにかく捨てる。(物)
・削除する、消去する。(不要データ等)

物自体の総量を減らすことはもちろんですが、パソコン内の不要データや、携帯電話のアドレス帳、詰まるところ人間関係の整理に至るまで。

「捨てる、処分、なくす」というメッセージが至る所にあります。

個人によって多少の差はあっても、家や部屋の大きさは決まっているのだから、物の量を減らさないことには、最終的に大きな解決は見込めないのは想像できるので、著者の伝えようとすることにも頷けます。

 

片づけにおける捨てる捨てないに賛否両論がある昨今。捨てる、なくすというメッセージがこれだけダイレクトだと、ちょっと面白いというか楽しいというか、返って清々しく感じるくらい。

無くなって困る物というのは、本当は限られているのだろうなと思わされます。

 

かつてのように多くの物に悩まされることもなくなり、ある程度部屋も整ってきたと思っていましたが、個人的にもう少しすっきりさせたい物もまだあり。

この本で、また捨てる減らす意欲が再燃したというか、もうちょっとやってみようかという気になり。最近また捨てる物に関する見直しを始めたところ、早速ゴミ袋1袋分を処分することができました。

Sponsored Link

なんだか自分でも意外なくらい、とても気分がよいです。

あまり使っていない物でも、あと1年、あと半年様子を見ようとあえて決めて置いている物ももちろんありますが、今回のことで、やはり定期的な見直しの大切さを感じています。

・・・

以前は捨てることが基本だった片づけ関連本の中にも、最近は捨てない片づけを提案するものも見かけます。(それだけ片づけでメンタルを崩すケースもあるということなのだと思います)

 

今回読んだ『1週間でごっそり捨てる技術』 の出版年は2016年ですが、2002年に出版された『ドイツ式 シンプルに生きる整理術』の改訂版とのこと。

片づけブームに影響されて、自身の物減らしを始めたのはここ数年の話。私がまだ買うばかりで、物を減らすという意識がほぼ皆無に等しかった頃に、著者は物を捨てることの重要性に気づいていたのだなと思うと色々考えさせられます。

 

(著者の経歴を見ると、工業デザイナー、風水コンサルタント、スペース・クリアリング(空間浄化)の専門家等、多面的な活動をされている様子。

本にはスペース・クリアリングという言葉が登場。私も言葉としてどこかで聞いたことはあっても詳しい内容は知らないので、今後読み進めて、実際に試したり新しい考え方を取り入れることができたらと。

何かよい変化があったら面白いなと思いつつ、ちょっと楽しみです)

 

*******

「もし」という選択肢は、当然検証できないけれど。もし15年も前に、積極的に捨てるという考え方を知って影響を受けていたら、今の自分はどんなふうに生活していたのだろうと、あれこれ想像してしまいます。

(もっと無駄なく効率よく、寄り道も少なく合理的な人生を過ごせていたのかなとか)

 

物を減らす・捨てる選択、減らさない選択。

それは人によって様々だけれど。何を選んでも、個々にとって「いつもよい選択をしている」という意識は、幸せな考え方や暮らし方のひとつにつながっていると感じます。

関連記事

思い出品、捨てられないと思っている物も、未来に意識を向けることで手放せる。

「洋服」選びの悩みについても、「片づけ」と同じように学んでみる。

収納用品を減らしていく中で気づいたこと。

洗濯物の部屋干し対策。(梅雨の時期のひと工夫)

トイレ風水を気にしすぎず、掃除のしやすさを優先する。

片づけに入る前の計画と心構え。